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2010年2月

ラーメン壱六家 大森店

名前から家系であることは明確でした。
しかし、塩も味噌もあるじゃないですか・・・。
入ってしまったことを若干後悔しつつ、ラーメンにトッピングキャベツを脂少な目でオーダーしました。

吉村家以外の家系では、初めて入る店でも脂少なめにします。
コッテリしすぎているんですよね、ちょっと。

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出てきたのは、このラーメン。
キュベツ、盛りもりですね。

期待していなかった分なのか、思ったよりもずっと美味しいラーメンでした。
家系の一般的なものよりも、クリーミーな印象があります。
うずらの玉子が1つ入っているのも、ちょっと嬉しい。
提供スピードも割と早かったですね。

家系で比べると(壱六家周辺)大井町の武蔵家やまこと家よりもずっと美味しいと思います。
個人的評価 ★3.5

ただ、家系が食べたくなったらそのまま横浜方面へ足を伸ばして、吉村家に行くことをオススメしますけれどね。

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駒込 BISTRO O LALA(ビストロ オ ララ)

駒込にはフレンチとかイタリアンの小さなお店が割りとあります。
そんな中の一店、 ビストロ オ ララ 。

今回はつれられて行ったのですが、なかなか美味しい料理とワインをいただいてきました。

店内はそんなに広くないのですが、3人のスタッフじゃ忙しそうでした。
ほぼ満席でしたしね。
値段もリーズナブルな方でしょう。
ランチが好評なようです。

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カボチャのキッシュ

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骨付き子羊のロースト

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ブラン・マンジェ

お料理に比べてデザートは凡庸でしたが、また行きたいお店の一つです。

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鶏の穴

池袋駅から徒歩数分。
以前は別なラーメン屋だった記憶があるところに位置する「鶏の穴」。

12時ちょっとすぎに入ったところ、満席。
待ったのは3,4分でしたけれど、それ以降も店を出るまで満席の状態でしたね。

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白鶏ラーメン

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赤鶏ラーメン

白鶏ラーメンを激辛にしたのが赤鶏と思えば良いでしょう。
ピリ辛程度ではありませんので、辛いのが苦手な方は注意が必要ですね。

さて、肝心のお味ですが・・・

スープは、鶏のダシたっぷりのポタージュのようなスープ。
濃厚です。
超濃厚って程ではないので、飲みやすいスープです。
これは、ラーメンとしてではなく、スープとしての完成度が高いのではないでしょうか。

麺は、まぁ、特に印象が強くなかったですね。
メンマは歯ごたえがありすぎという印象も。
鶏チャーシューは、やわらかくてなかなかのものです。
そぼろは、大盛りで入れて欲しいくらいでしたね。

ただ・・・
白鶏の場合、このネギ、後半自己主張が強くなりすぎてくる気がします。
赤鶏はそんなことありませんでしたけどね。


個人的には、かなり好評価のラーメンに位置づけられます。
また行ってみたい一店ですね。

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西尾中華そば

駒込駅から徒歩5分。
最近話題の淡麗系ラーメンで、ランキングでは割と上位に入るお店です。
以前は全然混んでいなかったと記憶していますが、開店前から並ぶお店ですね。

この日は雨で寒いにも関わらず、オープン前に既に並んでいたのが5人。
店主が、「寒いでしょうから少し早く開けますね」と店内へ入れてくれました。

この一言で、感じがいいな~と思っていたら、最初から最後まで感じが良かった。
一昔前のラーメン屋なら、無愛想なのが当たり前的な印象もあったのですが、非常に心地よい接客をしてくれました。

ラーメンに乗っているチャーシューも、前日に焼いたものと焼きたてを乗せてくれて、説明もしていただきました。

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中華そば

オーダーしたのは、中華そば。
まずはオーソドックスなものをね。
味は、まさに淡麗。
あっさりで、懐かしい感じのするラーメンです。
仕事が丁寧だと感じる一杯。
個人的には、もう少しだけしょうがが弱くてもいいかな、と思いますけどね。
なかなか美味しいラーメンでした。
そして、それ以上に店主がすばらしいと感じるお店。

次はガリガリ中華そばを食べたいです。

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チョコレート革命

バレンタインデーについて、調べてみました。

1 起源


昔々、ウァレンティヌスという一人の聖職者がいました。
彼は、時のローマ皇帝クラウディウス2世によって、269年の2月14日に処刑されたとされています。
さて、なぜ殺されたかというと、以下の理由があるようです。

・皇帝は兵士たちの結婚を禁止していたが、この禁令に背いて恋人たちの結婚式を執り行ったため捉えられた。
監獄に居たとき、看守の召使の娘は目が見えなかったが、監獄の彼を訪れては説教を聞いていた。あるとき娘の目が見えるようになった。
この奇跡を信じた彼女の家族がキリスト教に転向したため、皇帝は怒って彼を処刑した。
処刑の前日に彼がこの娘に宛てた手紙は「あなたのヴァレンタインより」と署名されていた。

この時代のローマ帝国の皇帝たちはキリスト教弾圧をしていましたからね。

それ以降、殉職した2月14日を彼の名前から「バレンタインデー」と称するようになります。


2 祝う習慣

この2月14日に、お祝いが行われるようになったのは、496年と言われています。
もともと、ルペルカーリア祭というお祭りがあって、それは2月15日に行われていたそうなんですが、法王ゲラシウス1世という人が496年にそのお祭りの日を2月14日のバレンタインデーに行うように変更したようです。

しかし、実際は14世紀以降のイギリスやフランスで現在のような習性をもってきたと考えられています。
このころの詩や文学でこの日が、恋人たちの日として関係づけられたためです。
鳥の春の求愛鳴きがこの頃始まったためとも言われています。

そして、14世紀以降は”ラブレターを書いて恋人のしるしを送る適切な機会”となったわけです。

ちなみに、起源で述べたようにウァレンティヌスが処刑前に手紙を送ったことを踏襲したものが、バレンタインカードとなっていったようです。


3 チョコレートを贈る 
このバレンタインデーにチョコレートを贈る習慣は、1800年代に入ってからです。
まだこの頃は、バレンタインカードが主流だったようですが、仕掛けを施したカードなどが登場していたようです。
そして、1830年以降のアメリカで、カードにプレゼントを添えるスタイルが登場しました。
当時は、チョコレート、キャンディ、花、香水などだったそうです。

そういった風習が日本に入ってきたのは、100年以上が経ってからでした。

4 日本のバレンタイン戦略

最初に日本人がそれを目にしたのが、「モロゾフ」が1936年にバレンタインデー向けチョコレートの広告を出したものとされています。
その時のコピーは「バレンタインデーにチョコレート」。

それから20年余り、1958年(昭和33年)、メリーチョコレートが新宿・伊勢丹デパートでバレンタイン・セールを行いました。
売り上げは、3日間で30円の板チョコ5枚と4円のカード5枚しか売れなかったそうです。
そこで翌年、「女性から男性へ」というキャッチフレーズでハート型チョコを発売したものが”日本型バレンタイン”の始まりとされています。

そして、昭和50年代には「バレンタインデーに女性から告白チョコレート」のスタイルとして完全に定着したようです。
モロゾフとメリーチョコレートの戦略は、長い時間をかけて成功したと言えますね。
日本チョコレート・ココア協会の調べでは、昭和56年には、バレンタインデーのシーズンに300億円のチョコレートの売り上げがありました。
そして、平成17年には530億円もの売り上げがあったそうです。

そんなわけで、バレンタインデーに作ってみました。
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オレンジ・ショコラパウンド(L型1本分)

醗酵バター(食塩不使用)・・・90g
チョコレート・・・80g
刻みオレンジピール・・・75g
卵(L)・・・2個
薄力粉・・・50g
砂糖・・・50g
アーモンドプードル・・・30g
コアントロー・・・25ml
純ココア・・・15g
ベーキングパウダー・・・小さじ1/2


コアントロー・・・20ml
オレンジはちみつ・・・20g


オーブンを170度に熱する。

1) チョコレートを湯煎で溶かしておきます。

2) 醗酵バターに砂糖を入れてクリーム状に練ります。

3) 薄力粉、アーモンド、ココア、ベーキングパウダーをふるっておきます。

4) 卵を割って混ぜて湯煎にかけておきます。

5) 2のバターと3の粉、卵を混ぜます。

6) 5に1のチョコレートを入れて混ぜ、コアントローを入れます。

7) 6にオレンジピールを入れて混ぜ、型に流し込みます。

8) 高いところから落として空気を抜き、余熱の完了したオーブン(170度)で25分焼きます。(オーブンによって結構違うので、20分後くらいからは竹串で刺して確かめながら焼きましょう。)

9) 焼きあがったものに◎を混ぜたものをハケで塗って、ラップに包みます。一晩以上寝かせたら出来上りです。満遍なく塗れていれば、全量使わなくてもいいでしょう。

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